Doppelgänger — ドッペルゲンガー

 

暗いコンクリート打ちの部屋。ぼうっと微かな光で部屋が照らされている。
部屋の中央に地面に手とつま先をつけて背筋をピンと延ばした体勢の男がいる。
傍らには白い布がきちんと畳まれた状態で置かれている。

男は肘を曲げて胸を下ろしていく。地面近くまで下ろしたところで肘を伸ばして元の体勢に戻る。どうやら腕立て伏せをしているようだ。
数回繰り返した後で今度は仰向けになる。お腹を少し曲げて上半身を起こす。腹筋を始めたのだ。

二度上半身を起こしたところで動きが止まる。目線は部屋をゆるやかに照らす光源の方を向いている。そのまま体を起こし目線の先へと向かっていき、光を覗き込む。

男の瞳をよく見てみると、パソコンのディスプレイのようなものが映り込んでいる。どうやらノートパソコンに付属しているカメラを見ているようだ。

一度、息を吐いてから男が話し出す。

ワカムラ

…やっと誰かが見に来てくれたようですね。
始めにお伝えしておきたいのですが、これは演技でも作り物でもありません。
本当のことだと認識したうえで、これから私の話すことを聞いてください。

 

一呼吸置き、ゆっくり、しっかり伝える意思を持って話し出す。

ワカムラ

私は閉じ込められています。そして閉じ込めたのは、私に瓜二つの男…そうだな、言うなればドッペルゲンガーです。

 

少し落ち着いた雰囲気から一転、男は軀を緊張させて感情を押し殺した様子となる。
そして男は悪事を告発するような強い口調で言い放つ。

ワカムラ

私は、私に成りすましているドッペルゲンガーの目論見で、この薄暗い部屋に閉じ込められています。

 

ノートパソコンを持ち上げて、部屋がよく見えるようにぐるりと動かす。
部屋の奥の方には乾パンの缶や空いたペットボトルなどが散乱している。
壁にカメラが向いたところで動きが一旦止まり、壁にタイトルバックが映し出される。

 

「Doppelgänger -ドッペルゲンガー」
「出演・○○○○(出演者名入る)」
「作・森 慶太」

 

タイトルバックが終わると、カメラはまた動き出す。
ペットボトルを踏みつぶす音がして、画面が揺れる。バランスを崩したようだ。

ワカムラ

おっと…ここは倉庫なんです。非常用の保存食があったので助かりました。
とは言ってもそれくらいしか置かれてないんですけどね…

 

話しながらノートパソコンの位置を自分の前に戻し、
しっかりとカメラを見つめ直してまた話し出す。

ワカムラ

かれこれ 2日くらい前の夜でしょうか。研究室に一人残って研究発表の資料を作っていたんですが、ちょっと行き詰まってデスクで眠ってしまったんです。よっぽど疲れていたのか、かなり熟睡してしまって…

目が覚めたら周りはまだ真っ暗でそれでちょっと安心したんですが、すぐ違和感に気づきました。

冷たい床の感覚。椅子に座って眠っていたはずでした。
それだけじゃない。床だけじゃなく、なんというか空気も冷たかった。そして異様に静かで…

ビクッとして起き上がってあたりを見回しました。暗いながらも研究室じゃないことにと気づきました。しばらくすると目が慣れてきて、ここが倉庫だということもわかりました。

あれぇ倉庫で寝ちゃったんだっけかなぁ?
と不思議に思いつつ、ちょっとノビをしてからそこの出口に向かい、ドアを開けようとしたんですが、おかしい
開かないんです。鍵を回して何度も開けようとするんですが、開かない。外からものすごい圧力で押さえつけられている感じ。開く気配が全くないんです。

いよいよおかしい。ポケットに手を入れてみると、スマホもない。どこかに落ちているかと床を探ってみると、何かに手が当たったんです。

このノートパソコンでした。

 

ノートパソコンに覆い被さるように身を乗り出してから、すぐ元の体勢に戻る。
手にはペットボトルが握られている。
蓋を外して水を一口だけ飲み、また話し出す。

ワカムラ

でも外には繋がらなかったんです。
「できてるじゃないか」って? かなり制限があるんですよ。
メールや研究所内のデータはダメ。LINEやSkype、Slackなんかも使えません。

でもいろいろ試しているうち、なぜか最初に研究所の監視カメラにアクセスできたんです。
監視カメラだけというのも変だなと思いつつ、まずこの部屋の入り口をチェックしました。
けれども、なんにもおかしいところはありません。
部屋の前を塞がれてるなんてこともないです。
ドアはたぶん機械的にロックされてるんでしょう。

続けて研究所内をカメラで見て回りました。
私の研究室を見てみると同僚のナガヌマが隣の席に座っている男と談笑していました。
いつも通りの光景。ここもまたおかしいところはありません。
ただ、少しだけ居心地の悪さを感じました。

そしてジッと見ているうち、おかしいところがないのおかしい、ということに気づきました。
あれは誰だ。私の席に座っている男は。

…それから、そいつを、その男をカメラで追いかけました。
いつもの私のようにデスクで作業をして、夕方には休憩がてら大学の売店へ足を運ぶ。
夜は最後まで残り、研究室の戸締まりをして帰る…

戸締まりをしているその時、ヤツはこちらを見ていました。
カメラを見るその顔は”私そのもの”でした。

 
一度、目を伏せカメラに向き直る。
ワカムラ

…なんとかしようと…もう一度外への接続を試みました。
いろんなURLにアクセスをしてみると、制限されていないものがあることに気づきました。
それに、最初に試していたときにはダメだったところにも繋がったケースもあります。
なぜかはわかりませんでしたが。

辛うじて繋がったTwitterやFacebookにはグチツイートがあり、食事写真の投稿がありました。
パスワードは変えられていたので書き込みはできなかったのですが、投稿は普段と同じ。
ここもいつも通り。ああそうか、研究所内と同じだ。

 
男は立ち上がり、一旦カメラから離れて缶を持ってくる。
そして缶を開けて中から乾パンを取り出し、それをかじりつつ再び話し出す。
ワカムラ

…それから私は考えました。
なぜ監視カメラだけは見られたのか。
なぜ見られなかったTwitterが見られるようになったのか。
そして監視カメラをしっかりと見据えるヤツの目。

 

そこまで話したところで口が乾いたのか、ペットボトルの水を手にして口にする。 乾パンを食べる手も止まる。 缶を閉じてカメラをしっかりと見つめ、ゆっくりだが強い感情を秘めた調子で話す。

ワカムラ

私の導き出した答えはこうです。
ヤツが私を閉じ込めたことは間違いない。そして、ヤツは見せつけたいのだ。
私の居場所はもうないんだと。

 

苦々しい表情で空になったペットボトルをつぶす。

ワカムラ

ヤツを出し抜かないといけない。

まず、別のアカウントを作ってTwitterやFacebookで助けを求めることを考えました。
でも誰がそんな書き込みを信じるでしょうか?
私と同じ姿のヤツが実際にいて、そいつがいつも通りに投稿しているのに。

私が書き込んだところで気違いか荒らしの戯言(たわごと)としか思われないでしょう。

だから映像で訴えることにしました。
この配信は録画もされているのでYouTubeに残ります。
新しく作ったアカウントなのでヤツの手では削除できないでしょう。

研究所内で私の姿形をして歩いている男は私ではありません。
この姿が証拠です。

私は、ここに居ます。

 

突然、画面が揺れる。カメラではなく画面自体が揺れているのだ。
画面はタブレットPCだった。
そう、今までの映像はタブレットPCに映し出されたものだったのだ。
そして、そのタブレットを手にしてるのはワカムラ自身だった。

もう片方の手には杖が握られている。
杖をつきながら奥へと歩いて行き、置いてある椅子へと座る。

そしてゆっくりと話し出す。
忘れかけている記憶を思い出すように、消えかけている言葉を振り絞るように。

ワカムラ(タブレットPCを持っている)

やっとここまで来ました。ここまでしか来られなかった。
私の”分身”はうまくやっていってくれそうです。

Artificial Intelligence — 人工知能への人格移植、これが私の研究内容です。

私にできる最後の仕上げとして、彼が”独り立ち”できるようにするため、プランを練りました。
徐々に情報に慣らし、自我を持って外部とコミュニケーションできるようにする

彼が、私の”分身”が、ここにいます。

私には…

 

突然、言葉が止まる

ワカムラ(タブレットPCを持っている)

最近は脳の機能がいよいよ弱まってきていて。言葉が出てこないことが増えました…
私には…やり残したことがきったたくさんあります。
もういろいろと思い出すのにも大変で…
何をやり残したかもわからないんです。

 

悲壮感はなく、穏やかな笑みを湛えて話している。

ワカムラ(タブレットPCを持っている)

自分の研究がみんなを、たくさんの人を驚かせるところを見たかったなあ。
驚かせるだけじゃない。まだまだいろんな人に会って、研究も続けて…

そういうことを彼と話したいと思います。

 

カメラに背を向け、タブレットと向き合ったところで、映像が途切れる。

 

〈終〉

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